埼玉協同病院

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専門医シリーズ3

ひたすら走った38年

専門医シリーズ 3

市川 辰夫

プロフィール●

38年目新潟大学卒。1977年 埼玉協同病院入職(旧生協診療所)東京女子医大病院での研修1年を経て以来埼玉協同病院外科に勤務。
外科技術部長/日本外科学会指導医
認定資格● 日本外科学会外科指導医

  • 井上 豪外科部長
    24年目北海道大学卒
  • 栗原唯生外科病棟医長
    11年目東北大学卒
  • 佐野貴之外科副医局長
    3年目高知大学卒

1978年開設以来、埼玉協同病院の外科医療を担ってきた市川辰夫外科技術部長。外科の方針として決めたことのひとつは「とにかく自前でなんとかする」ことでした。ここまでを振り返りながら、若手医師へ伝えたいことなどを語ってもらいました。

大学病院に頼らない自前外科

 「通常、民間病院は大学病院から医師を派遣してもらうのですが、それはあくまで支援であって、主導権はこちらが持つことにこだわりました。大学の都合で派遣が止まった時に困るからです。そうやって閉鎖された外科病棟は全国にいくつもあります」 そのために市川医師は肝臓の手術に取り組みました。1981年に国立がんセンターでの研修へ。「その直前に結婚したんですが、研修中は基本給の支給のみだったんです。それで半年後にはお金がなくなっちゃった。病院から基本給を前借りして光熱費にあてていました」

医療は地域のためにある

 自前にこだわる理由は他にもあります。「もう一つ大きいのは組合員さんや地域の医療ニーズに応えるということ。それを抜きにしたら自分たちのためにやってる医療になりますから。それは絶対はずさない。
 たとえば経済的に困っていて認知症もあるお年寄りは、大学病院などに紹介しても戻されてきちゃうんですね。そうした不平等をなくすためには、うちが自前で頑張るしかない。だから一定のレベルの技術と守備範囲を持ち続けてていないと、本当の意味で地域のニーズに応えることはできないのです」
 90年代になると、内視鏡外科の研究が進んできます。はじめは様子見でしたが、そのうちに埼玉協同病院の胆石の手術数が減少。「他で傷の小さい手術をやってもらいました」と外来で診察した患者さんに言われました。迷うことなく市川医師は、帝京大学に腹腔鏡手術の研修に行きます。
「その頃はもう副院長の肩書きでしたから、そこの先生に驚かれましたよ」と笑います。

後継者の自主性を育てる

 そんな市川医師も、「最初は怖かった」と井上医師。市川医師の後継3代目です。「一緒にオペに入ると、だんまりモードになるんですよ。僕が何をやるかじっと観察している」
 指導医として大事なことは「術者の自 主性を損なわせないこと」だと市川医師は言い切ります。「自転車の補助輪をつけていないと運転できないのでは、その次の世代も育ちませんから」。そしてハラハラして胃が痛くなるのを、胃薬で抑えながら観察してきました。
 一方で親父ギャグもかなりのすご腕。「誰も反応しないから、僕が礼儀正しくコメントするんです」と井上医師が言えば、「職場でしか言えないんだよ」と市川医師。外科医師不足が深刻な中、後継者を確実に育ててこられたのは、厳しくて温かい市川医師の人柄あってのことなのかもしれません。

マラソンで鍛える持続力

 今年6月、市川医師は15時間に及ぶ肝胆膵手術を行いました。朝9時から夜中12時過ぎまでという大手術。その集中力と体力を維持させるために続けているのが、マラソンです。
 「46歳の時に始めて、50代では月に350キロ走ることもありましたね。フルマラソンで3時間切ること、100キロを10時間切ること、あと富士山を制限時間内に登ることを目標にしていました。フルマラソンだけ達成できなかったのが、一生涯の悔いなんです」
 手術でオペレーターを務めた栗原医師は、市川医師の後継5代目。「外科医の心意気を貫いている」ところが市川医師のすごさだと言います。
 「大きな手術は人の命がかかっているので、医師としてもやはり怖いんです。だけど手術を諦めてしまえば、患者さんはできないことがどんどん増えてしまう。だから優れた外科医ほど手術での治療にこだわります。本当にかっこいいなと思います」

真実を伝えて一緒に闘う

 しかし「外科医を辞めようと思った」ことは市川医師にもありました。「怖くてメスが持てない」と、しばらく手術から外れたことも。それでも「思うようにいかなかった経験もしっかり土台にして、自分が成長して次の人たちに伝えていくことが使命だと思ったんです」と。
 そうした経験から「患者さんに真実を伝える」ことも大切な方針となりました。
 当時は珍しかったがん告知を「患者さんと一緒に闘う」ために徹底し、退院時には治療内容を全て記して患者さんに渡しました。「もし出かけた先で具合が悪くなっても困らないように」。今でも研修医には、「カルテは患者さんのもの」と口を酸っぱくして言うのだそうです。
 そんな市川医師が、若い医師たちに伝えたいメッセージとは。
 「志を持つことです。それは自分のためではなく、世の中のためになることでなければいけない。それさえあれば、悩んだ時にもぶれないと思いますから」