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心のとびらを開いていきたい
専門医シリーズ28
佐野 広美 医師
プロフィール
1985年群馬大学医学部卒業、1985年東京大学第三外科、1992年青梅市立総合病院外科、1999年東京都職員共済組合青山病院外科、2005年医療法人財団慈生会野村病院緩和ケア内科、2021年埼玉協同病院勤務
「緩和ケア」は、がん治療に伴う身体と心のつらさを和らげ、最期まで自分らしく生きることを目指す医療です。多くの患者さんに寄り添ってきた佐野医師に、緩和ケアについて聞きました。
消化器外科医として医師デビュー
「小学校の通信簿には、『佐野君はケンカばかりして困ります』と書かれていました」
やんちゃな少年時代を振り返り、懐かしそうに目を細める、佐野広美医師。2021年に緩和ケア内科部長として着任したドクターです。
佐野医師はいま、入院、外来、緩和ケアチームで、患者さんの身体症状の緩和全般を担っています。
もともとは消化器外科医だったという佐野医師。
「医学部時代、仲の良かった先輩から『卒業後、東京に戻ってくるなら、うちの医局に来ないか』と誘われ、先輩が働く東京大学外科の消化器外科医になりました」
がんの告知をしないのが当たり前の時代
消化器外科医として働き始めた佐野医師は、がん治療など多くの手術を手がけます。
「手術で治る方もいますが、助けられなかった方もたくさんいます。患者さんやご家族とつらい時間を共有し、この人たちのために何ができるのか、と考えるようになりました」
当時は、患者本人にがんの告知をすることが一般的ではありませんでした。また、告知はしても、余命を知らせるなんてもってのほか、という時代でした。
「何も知らされずに亡くなる人をたくさん見てきました。自分の状態がわからないまま、ただ身体の痛みに襲われ、苦しんでいる患者さんがいるんです。そんな患者さんを前にすると、医師や看護師も言葉にできないほどつらい。医師として自分の中に生まれたモヤモヤを解消できるかもしれない、という思いから、自然と緩和ケアに関心をもち、勉強するようになりました」
医局の関連病院で仕事を続け、20年ほど経ったころ、「そろそろ、慣れ親しんだ医局の外に出て、自分の道を探したい」という思いが湧いてきました。そこで、東京・三鷹市の野村病院から届いた「外科の責任者として来てほしい」というオファーを受けることにしたのです。
地域の病院で緩和ケア病棟を立ち上げ
「地域に根ざした小さな病院でした。『おなかが痛い』『息が苦しい』と訴える80~90代の患者さんたちを、地域の病院として積極的に受け入れました。その中には、がんを患っている方がたくさんいました」
高齢の患者さんたちの手術を手がけながら、「医療と地域のつながり」や「緩和ケアの必要性」について模索し始めた佐野医師。そして緩和ケア病棟を立ち上げることに。佐野医師は、患者さんの身体と心の苦しみを和らげるだけでなく、地域の医療福祉スタッフと連携し、在宅医療の支援にも奔走しました。
佐野医師は現在、埼玉協同病院の緩和ケア病棟で、多くの患者さんと向き合い、身体症状の治療だけでなく、闘病生活で失われたその人らしさを少しでも取り戻せるように努めています。
「日々、コミュニケーションの難しさを実感しています。昨年、ある患者さんが、余命半年と告知されました。彼は意気消沈し、ぼくが『何かしたいことはありますか?』『今からできることを考えましょうよ』と声をかけても、『つらい。苦しい。何もしたくない』と心を閉ざしてしまいました」
あと半年の余命、と聞かされたとき、『家族で温泉にでかけたい』『友人に会いたい』など、自分の願いを語る人は、意外と少ないそうです。苦しさに意識が向いて、本来の自分を出せなかったり、恐怖や孤独を抱えたりする方は多くいます。
その人らしい生き方は、決して一つじゃない
「その人らしい生き方は、一つじゃないんですよね。思い出づくりをするだけが幸せな最期とは限りません。日々、ここで生きていることや、面会に来る家族と会うことも、その人の大事な生き方なのだと思います」
佐野医師は、患者さんに寄り添い、こんなふうに語りかけます。
「あなたの気持ち、聞いてみたいな。もしも今、旅行できるなら、どこがいい?……ああ、いいですね。ぼくも行ってみたいなあ」
緩和ケアには、正解もゴールもありません。まずは、「今、この時間、あなたのために、ぼくはここにいますよ、と伝えること」、そして、「相手に興味をもって心のとびらを開き、共に過ごしたい」と語る佐野医師。
痛みや苦しみの中で絶望し、もう何もしたくない……そんな思いを患者さんにさせないために、できるかぎりのサポートを。限られた時間のなかで、いかに心に近づき、分かち合える存在になれるか。佐野医師の取り組みは、これからも続きます。
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