専門医シリーズ

日本の精神科医療のために力を尽くしたい

専門医シリーズ35

雪田 慎二 医師

プロフィール

<認定資格>日本精神神経学会認定専門医(指導医)、日本総合病院精神医学会特定指導医、精神保健指定医

<経歴>1984年 群馬大学 医学部卒業、1984年 埼玉協同病院勤務

医師として40年目。精神科外来、緩和ケア病棟、被ばく相談外来と、院内のさまざまな部門で患者さんと接する毎日です。精神科医から見える医療、社会のすがたについて聞きました。

生命に宿る心

埼玉・川越育ちの雪田医師。子ども時代は引っ込み思案で、人前が苦手でした。高校の部活は生物部。当時はDNAなど生命科学の研究が大きく進展し話題になっていました。
「生命とは何か、それを勉強しているうちに、なぜそこに心が宿るのかと疑問が生まれました。医師を志したのは、直に人の役に立つ仕事に就きたいという思いと、生物部で感じた生命科学の学問としての面白さに導かれたのだと思います」

後進国だった精神科

医学部時代に見学した精神病院での出来事が、精神科医を目指したきっかけになったと言います。
「これといった治療も提供されないまま10年、15年と入院生活を続けている患者さんたちの社会から孤立した姿を見て、衝撃を受けました」
日本の精神科医療は、患者さんにきちんと説明し納得のうえで入院治療を行い、外出も可能とする『急性期開放病棟』という新しい手法・運動が広がりはじめたばかりでした。
「まだ多くの病院では、鍵のかかった病棟に患者さんを閉じ込めて治療をする閉鎖病棟だったのです。医師や看護師の数も少なくて済む、安上がりな質の高くない、そういった医療を行う精神病院がつくられていく。その現状を変えたい、日本の精神科医療のために力を尽くしてみたい、と精神科医への道を進むことを決めました」
埼玉協同病院に入職後、代々木病院の精神科病棟に研修に行きました。
「患者さんは、スタッフや家族と外出を試みながら、社会生活と完全に切り離されることなく治療を続けていました。開放病棟は患者さんの社会復帰を促すこと、デイケアや作業所など社会の中に精神疾患の患者さんの受け皿を確立することの重要性を目の当たりにしました」
1986年、埼玉協同病院に精神科が開設されます。雪田医師は現在、常勤医師として、外来診療のほか、緩和ケア病棟でのチーム医療にも携わります。

手の届いていない分野

近年、以前と比べて精神科受診のハードルは下がり、軽症のうつ病や不安障害などの患者さんの受診が増えています。一方で、雪田医師は、今の精神科医療であまり手の届いていない分野の存在を指摘します。そのひとつは子どもです。
「児童精神医学を専門とする精神科医はまだ少ない。今、メンタルの問題を抱える子どもが急増する中で、小児科と精神科の連携が求められています」
もうひとつは、本当に精神科医療が必要な人たちが実は受診できていないことを挙げます。
「昔で言えば、幻覚や妄想がある重度の統合失調症の人たち。そして今は、非常に閉ざされた社会環境の中で生きづらさや孤独を感じて、自ら命を絶ってしまう人たちです。毎年子どもも含めて2万人超が自ら命を絶っている、でも彼らの多くは精神科の外来に来ていないのです。生きづらさを感じたとき、死を考えたとき、精神科に相談しようという認識が社会に行き渡っていない。つまり精神科医療がそれを必要とする人からの信頼をまだ十分に勝ち取れていないということです。私たち精神科医療に携わる者は受診の間口を広げていく努力がもっと必要です」
雪田医師は語ります。
「日本は医療先進国のように見なされていますが、精神科医療に関しては残念ながらまだ後進である一面ももっているんです」

被ばく者は生まれ続ける

「被ばく者医療」にも長年携わってきました。
病院の大先輩で、自身が被爆者である肥田舜太郎医師が、戦後、関東に暮らす被爆者のために始めた外来を引き継いでいます。2011年の福島第一原発事故後、福島からの避難者や原発労働者の健康相談・心の問題などに対応したいと、名称を「被ばく相談外来」に変更しました。
「広島・長崎の被爆以降も、世界各地で核実験が行われ、また原発に関連する被ばくがある。核兵器や原発がある限り、必ず被ばくによる健康被害が生み出され続けています。そこに向き合う医療を提供すること、また核兵器や原発のない世界を求め続けること、それが医療者としての役割と感じています」
最後に休みの日の過ごし方をうかがいました。
「コロナ前は旅行をしていましたが、今は読書ですね。最近読んでいるのは、文化人類学、それから戦争と精神医学の関連などです。講演もしています」
雪田医師の探究心は縦横無尽に広がるばかり。新しい興味深いお話が聴けそうです。

【患者さんへの一言メッセージ】
「いのちの電話」など種々の相談窓口ができて、「抱える苦しさを相談することは恥ずかしいことではない」という雰囲気が社会全体に少しずつ広がっていることに希望を感じます。辛いときは、ご相談ください。

関連ページ

メニュー