専門医シリーズ

脳卒中などの患者さんを一人でも多く助けたい

専門医シリーズ18

石丸 純夫 医師

プロフィール

日本脳神経外科学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本リハビリテーション医学会認定臨床医、日本頭痛学会専門医。


1978年 順天堂大学医学部卒業、

1999年 済生会川口総合病院脳神経外科主任部長、

2017年より埼玉協同病院勤務

突然起きる脳卒中は、一刻を争う病気です。埼玉協同病院では、救急外来のほか、平日午前に脳神経外科の外来診療を行っています。担当するのは、脳神経外科と脳卒中の専門医、石丸純夫医師。40 年以上、この道一筋に歩んできた大ベテランです。

学生時代に父を亡くし 脳神経外科の道へ

穏やかな語り口が印象的な石丸医師は、江戸時代初期の漢方医から18 代続く、医師の家系に生まれました。内科・小児科の開業医をしていた父のもと、順天堂大学の医学部に進学。ところが大学2年のとき、人生を左右する出来事に直面しました。
「父が亡くなり、医院が閉鎖になったんです。跡を継ぐ必要がなくなり、それなら好きな専門分野に進もうと思いました」
大きく影響を受けたのが、脳神経外科の権威で、恩師でもある石井昌三教授(前順天堂大学理事長・故人)の臨床講義でした。
「実際の患者さんを診ながら症状や病気の説明をする内容で、非常に面白かったんです。後で聞くと、教授は教授室に泊まり込み、徹夜で準備するほど力を込めて講義してくれていたそうです。その熱意を受けて、脳神経外科の世界にどんどんひかれていきました」

家に帰れなかった新婚時代

卒業して医師免許を取得すると、すぐに大学病院の脳神経外科の医局に入局しました。
「昔は研修医の制度がなく、直接、入局していたんです。医局はタコ部屋のようなところで、『白い巨塔』そのものの徒弟制度が残っていました。最初の数年間は無給の助手です。アルバイトをして食いつなぐのが当たり前。放射線科、神経内科、外科、麻酔科などや大学医局の関連施設をローテーションして経験を積み、専門医取得後はドイツに留学させていただきました。30歳で結婚しましたが、月の半分は当直で家を留守にしていましたよ」
通常の診療時間外でも、緊急の患者さんが運ばれてくる。脳の病気は一刻を争いますから、夜間も気が抜けません。
「恩師の石井先生いわく、『脳神経外科医の家庭は、父親のいる母子家庭みたいなもの』。第一線で手術していると時間はかかるし、緊急で呼び出されるし、当直はするし。平日も早くは帰れない。そうして時間に追われながらも、世の中には、救急の患者さんを1人も断ったことがないという途方もない医師がいます。そうした方々に比べると、僕はまだまだ平均的だと思います」

脳卒中には3つのタイプがある

脳神経外科医になって40 年。その大半を手術の第一線で過ごしてきました。2017 年に埼玉協同病院に移るまでの19年間は済生会川口総合病院に勤務し、脳神経外科の主任部長として、手術が必要な患者を協同病院から受け入れるなど強い連携体制を敷いてきました。
「脳卒中には3つのタイプがあるんです。脳の血管が詰まる脳梗塞、脳の細い血管が破れて出血する脳出血、血管にできたこぶ(脳動脈瘤)が破裂して出血するくも膜下出血です。手術の対象となるのは、主に脳出血とくも膜下出血です」
いま、埼玉協同病院では、手術が必要だと思われたときは、済生会川口総合病院や川口市立医療センターなどに患者さんを転送します。
「自宅にいるときでも、救急現場から相談の電話がかかってきます。現在は飛躍的に技術が進歩していますから、CT やMRI の画像をタブレット型端末に送ってもらい、転送が必要か、どの薬を使えばいいかなどを判断して電話で伝えます。長年の経験があるから、症状を聞いて画像を見れば、だいたいのことはわかります」

初期症状のサインは「FAST」

石丸医師によると、脳卒中の「卒中」は「卒(にわかに)中(あたる)」という意味で、突然、障害が起きることを指すそうです。
「治療の合言葉は、タイム・イズ・マネー(時は金なり)ならぬ、タイム・イズ・ブレイン(時は脳なり)。治療は早ければ早いほどいいのです。異変に気づいたら、なるべく早く受診してください。酒やタバコ、食生活など、生活習慣を見直すことも予防の基本です」
異変を見分ける方法として、「FAST(ファスト)」という言葉を覚えておくといいそうです。
「Fはフェイス(顔の麻痺)、Aはアーム(腕の麻痺)、Sはスピーチ(言葉の障害)、Tはタイム(発症時間)。顔がゆがんでいたり、片方の腕や足に力が入らなかったり、うまく言葉が話せず、ろれつが回らなかったりしたら、すぐに119番を。発症した時間を確認しておくことも大切です。症状が消えても安心せず、受診することをおすすめします」
長い経験の中で、助けることができた患者さんもいれば、後遺症が出たり、助けられなかった患者さんもいるのが現実です。
「助けられなかった人のことが心に残りますが、脳出血の手術をして元気になった女の子が成長している姿を見ると、心からうれしいと思う。これからも少しでも役に立てればいいです」
石丸医師はいま、時間があれば院内の図書室に行きます。本人は「ぼけ防止」だと笑いますが、てんかんや認知症、リハビリなど専門外の勉強もし、治療に生かしています。その豊富な経験と知識、命に向かう姿勢から、若い医師たちは多くを学んでいることでしょう。

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